川田さんの原点って?
鬼の空手道と、じいちゃんのスーパー銭湯。対極の体験が”サウナ愛”を育んだ
――川田さんご自身は、そもそもいつからそんなにサウナにハマってるんですか?本には5歳でデビューって書いてありましたけど、その頃にいったい何があったのでしょう。
はい、僕のサウナ原体験は、まさにお話にあった通り5歳の頃ですね。父方の祖父に連れて行ってもらった奈良の温浴施設がスタートです。ただ、正直、当時は「サウナが好き!」っていう意識は全くなくて(笑)。どっちかっていうと、「大好きなじいちゃんと過ごす、なんか特別な時間」な感覚でしたね。
――おじいちゃんとの思い出!言葉だけでエモいですね…。それがサウナと繋がってるんですね。
そうなんです。実は、僕の子ども時代って、ほぼ「空手」だったんですよ。これも兄の影響で5歳から始めたんですけど、これがまぁ…めちゃくちゃ厳しかった。ウチ、結構スパルタな家で、「やるからには日本一!」みたいな。だから、朝早くから兄貴と組手やって、鼻血出したり口切ったりしながら学校行く、みたいな(苦笑)。

――えっ、マジすか!?かなりハードモードな子ども時代…
ええ、おかげでメンタルとフィジカルは鍛えられましたし、小6から中2まで全国大会で運良く3連覇もできたんですが、常にプレッシャーはありましたね。試合に負けたら親父や師範に叱られる。でも「男は泣くな」って教えられてるから、悔しくてもグッと堪えるしかない。そんな張り詰めた日常の中で、唯一、心の底からホッとできたのが、週末に祖父の家に行って、一緒に過ごす時間だったんです。
――厳しい空手の世界と、おじいちゃんとの時間…まさにアメとムチ、みたいな感じですか?
まさに!(笑) じいちゃんは手品が好きで、僕ら孫が行くと、いつもちょっとタネがバレやすい、分かりやすいマジックで笑わせてくれるんです。あとは日曜大工が好きで、一緒に犬小屋作ったり。そして、その週末のクライマックスが、決まって近所の温浴施設だったんですよ。
――そこでの体験が、忘れられないんですね。
はい。広いお風呂入って、よく分かんないけどサウナ入って(笑)、湯上がりに館内着着て、広い座敷でご飯をご馳走になる。なんか、立派な一人前のお膳が各々の前に出てきて、それが子ども心にめちゃくちゃ特別で、ワクワクしたのを覚えてます。大人はお酒飲んでるけど、こっちは食事が終わると暇じゃないですか。すると、じいちゃんがそっとお小遣いくれて、館内にあるゲームコーナーに猛ダッシュ!
あの場所は、僕にとって、心から安心できて、無邪気に楽しめて、純粋な幸福感で満たされる、天国みたいな空間でした。今は祖父は他界していますが、おじいちゃん子だった僕は、「人の笑顔が見たい」「お風呂と大工好き」を受け継いでサウナと建築士という生き方をしているのかもしれません。

――なるほど!「サウナが好き」というより、「家族と過ごした、あの温かくて幸せな時間と空間そのもの」が、川田さんの原体験として深く刻まれてるんですね。
まさに、その通りです。だから僕にとってサウナは、ただ汗をかく場所っていう以上に、家族との繋がりとか、揺るぎない安心感、幸福感を思い起こさせてくれる、心の原風景みたいなものなんです。空手っていう、厳しくて自分を律する世界があったからこそ、じいちゃんと過ごした温浴施設での、あの賑やかで解放的な時間が、より一層、温かく、輝いて感じられたのかもしれません。
――その原体験が、大人になってからも、川田さんをサウナに引き寄せ続ける理由の一つになってる?
なってると思います、間違いなく。大人になって社会に出ると、また違う種類のプレッシャーとかストレスに直面しますよね。僕も20代の頃、仕事が面白くてのめり込みすぎて、完全にキャパオーバーになった時期があったんです。若かったから体力は大丈夫だったんですけど、ケアレスミスを連発しちゃって…。お客さんにも会社にも迷惑かけて、誰もハッピーにならない、っていう苦い経験をしました。
――うわぁ…それ、結構キツいですね。ビジネスマンがけっこうヘコむやつ…。
本当にそうでした。その時、ふと立ち寄ったスーパー銭湯の露天風呂で、岩場に座って空を見上げたんです。そしたら、「あれ?空ってこんなに青かったっけ…?」って、まるで初めて気づいたみたいに感じて。日々の忙しさに追われて、空を見上げる心の余裕すら失ってた自分に気づいて、愕然としました。「忙しい」って、本当に心を亡くすって書きますけど、まさにそれだなと。
その瞬間、子どもの頃にじいちゃんと過ごした、あのゆったりした時間、心からリラックスできた感覚が、ブワッと蘇ってきたんです。「ダメだ。忙しい時ほど、意識的に立ち止まって、自分をリセットする時間が必要なんだ」って、心の底から痛感しました。
それ以来ですね。僕にとってサウナは、単なるリフレッシュ手段じゃなくて、自分自身と静かに向き合って、心を整えて、次の一歩を踏み出すエネルギーをチャージするための、なくてはならない「節目」を刻む、大切な場所になったんです。