
湯煙の向こうに、あなたは何を見るだろうか。
かつて銭湯は、生活を支えるインフラであり、人と人が出会い、語らい、つながる場所だった。裸のつきあいが当たり前にあった時代。その記憶は、今、静かに消えようとしている。
ライフスタイルの変化、制度の壁、後継者不足──銭湯は、存続の瀬戸際に立たされている。しかし、それでも火を絶やさぬよう、湯を沸かし続ける人たちがいる。
連載企画「銭湯VS」は、時代に抗いながら銭湯を守り、再生させようとする人々の声を通して、銭湯の「今」と「これから」に迫る。
銭湯は、いったい何と戦っているのか。その戦いの先にある未来とは──。

経済合理性、後継者不足、老朽化、そして高齢化──。そのどれもが現実的な「廃業理由」だ。しかし、そんな困難な状況の中でも、銭湯の暖簾を掲げ続けている人がいる。
京都・上京区にある「山城温泉」。店主の林大輔さんは、24年前に銭湯の経営を引き継ぎ、現在も現場に立ち続けている。派手な改装もなければ、積極的な広報活動もしていない。だが、日々の積み重ねと、若い世代との関わりの中に、「続けること」への意義を見出している。
今回は、林さんの言葉を通して、今、銭湯が直面している現実と未来の可能性を見てみよう。

「やるつもりなんて、なかったんですよ」
山城温泉は、90年近い歴史をもつ銭湯だが、林さん自身がここを引き継いだのは、たまたま父親が売却の話を聞きつけたことがきっかけだった。「実家も銭湯だったんです。でも、別に好きじゃなかった。山城温泉の話が来たときも、最初は『絶対イヤ』って即答でしたよ」
当時はサラリーマンとして働いていた林さん。銭湯経営への関心も経験も乏しかったが、流れに任せるように経営を引き受けることになった。「何か特別な理由があったわけでもないんです。でも、気がついたら30年経ってました。不思議なもんですね」
日々の積み重ねの中で、林さんは確実に“銭湯の人”になっていった。
