
薪の煙ではなく、精油の残渣が燃える銭湯サウナが、飛騨高山に生まれた。
岐阜県高山市の銭湯「稲荷湯」が2026年5月27日にサウナをリニューアルオープンする。熱源に使うのは、木材や化石燃料ではなく、地元・飛驒産業がエッセンシャルオイルを蒸留した後に生じる木質残渣をバイオコークス化したもの。サウナ室に漂う香りも、その蒸留工程から生まれる蒸留水だ。
森が起点となり、香りと熱になって、サウナーの身体に届く。日本初の地域資源循環型サウナが、1943年創業の街の銭湯から始まった。
なぜ稲荷湯のサウナは「日本初」なのか
薪サウナ自体は珍しくない。近年、薪ストーブを熱源に据えたサウナ施設は全国で増え続けており、その力強い輻射熱と揺らぐ炎の存在感は、多くのサウナーを引きつけてきた。しかし今回の稲荷湯が踏み込んだのは、その先だ。
「燃料をどこから調達するか」という問いに対し、稲荷湯は地域の製造工程で出る廃棄物、すなわち木質残渣を選んだ。飛驒産業がエッセンシャルオイルを製造する際に生じる搾りかすを、同じ高山市に本社を置くALTERNATIVE ENERGY JAPAN(AEJ)がバイオコークスに加工し、燃料として供給する。精油の副産物である蒸留水はサウナ室の香りとして使われ、燃焼後の灰は地域の農家へ。原材料の調達から廃棄まで、すべてが高山市内で完結する循環モデルだ。
薪の調達先を地域に限定した施設は存在するが、製造工程の未利用廃棄物そのものをエネルギーとして地域銭湯のサウナに転用する事例は、これが初となる。


銭湯の「エネルギー問題」に、サウナが答えを出した
銭湯は大量の熱エネルギーを必要とする業態だ。湯を沸かし、温度を保ち続けるためのランニングコストは、近年の燃料価格高騰によって小規模銭湯の経営を直撃している。多くの銭湯が廃業を選ぶなか、稲荷湯が選んだのは「燃料を地域の中から調達する」という方向転換だった。
稲荷湯のサウナリニューアルは、単なる集客施策ではない。脱化石燃料という経営的な課題解決と、サウナブームへの対応が、今回一つの形として結びついた。サウナという設備が、銭湯経営の持続可能性を支える装置にもなりうる——稲荷湯はそのモデルを、動いている銭湯の中で実証しようとしている。

madsaunistが設計した「熱々潤々」の環境
サウナのプロデュースを手がけたのは、2024年「Saunner of the Year」を受賞したクリエイティブチーム・madsaunistだ。
採用したストーブは長野県茅野市・ケンズメタルワーク製の業務用薪サウナストーブ。そこにmadsaunist独自開発のスチームジェネレーター(燕三条の金属加工技術を用いたもの)を組み合わせることで、薪ストーブ特有の強い輻射熱に、細かな蒸気を重ねた環境を構築している。サウナストーンは蓄熱性・放熱特性の異なる3種類を使い分け、多層的な輻射熱を生み出す設計だ。
定員は16名。下段は穏やかな暖かさ、上段はしっかりとした熱量を持ち、座る位置で体感を選べる構成にすることで、ベテランサウナーから近隣の高齢者まで幅広い利用を想定している。さらにMAD式給排気システムにより、熱と蒸気を保ちながら呼吸のしやすさを担保している点も、日常使いの銭湯サウナとして重要な設計判断だ。

「稲荷湯」はどんなサウナーにお勧めか
サウナの体験値や熱への欲求よりも、「この熱がどこから来たのか」という背景ごと体感したい人に刺さる施設だと思う。
薪サウナの力強さと蒸気の潤いを求める上級者はもちろん、地産地消・循環型経済に関心のある層、あるいは「飛騨高山まで来たなら、観光施設ではなく地域の日常に触れたい」という旅行者にとっても、稲荷湯のサウナは唯一無二の選択肢になる。派手な演出より、静かな文脈を好むサウナーに特にお勧めだ。

コマシ
薪サウナの「薪、どこから来てるんだろう」という疑問に、ここまで具体的に答えを出した施設を初めて見た。熱源の出自を知ってから入るサウナは、たぶんちょっと違う温まり方をする。地産地消とかSDGsという言葉を使わずに、それをサウナ体験として成立させているのが稲荷湯の誠実さだと思う。「燃料の背景ごと体感したい」派のサウナーには、飛騨高山・稲荷湯まで足を運ぶ価値がある。
稲荷湯
所在地:岐阜県高山市八軒町2丁目4−4
リニューアルオープン:2026年5月27日
サウナ定員:16名
熱源:木質バイオコークス(飛驒産業の木質残渣をAEJがバイオコークス化)
ストーブ:ケンズメタルワーク製 業務用薪サウナストーブ
蒸気:madsaunistオリジナル スチームジェネレーター(燕三条製)
香り:飛驒産業のエッセンシャルオイル製造工程由来の蒸留水
公式サイト:https://yutopia-takayama.net